木曾御獄山のふもとへ

 

御獄ははるかな昔から山岳信仰の対象となってきた。その美しく巨大な姿に人々は神の

姿を見たのであろう。信仰登山の歴史も古く、開山は奈良時代以前、役小角によると云

われる。江戸時代には御獄講を組織しての集団登拝が盛んになり、今も白装束の信者達

が『六根清浄』と唱えながら登っている。山頂には御獄神社奥社がまつられている。 

開田高原から見た御獄山 そばの産地としても有名な開田高原、標高1100〜1300mののびやかな高原から見た御獄山も絶景である。

山麗の清水で滝に打たれる信者たち

田ノ原から見た御獄山頂 田ノ原は御獄の南、標高2200m附近に広がる美しい高原で目の前に迫る御獄山、そして高層湿原地帯は天然公園となっている。ここまでバスで登れるため、登山者も多い。

さいノ河原に祈る信者たち 御獄では山岳信仰が今も生き続けている。信者たちは白衣に身をかためグループを組んで霊山に登り、祈りを捧げる。

御獄神社祖霊殿大祭は毎年10月下旬に盛大に行われる。

木曾を取り囲む山々には深い渓谷が刻まれ、各所に水と岩が織りなす渓流の美景が展開する。

青い水をたたえるニノ池 御獄山頂附近には一ノ池から五ノ池までの火口湖が点在する。標高2905mにあるニノ池は日本最高位の湖沼として知られる。

御獄山の東側に懸る百間滝

噴煙を上げる地獄谷 剣ケ岳に刻まれた地獄谷は昭和54年、約1万年ぶりに噴火を起こした。その後おさまったが、今も水蒸気を吹き上げており、御獄が火山であることを示し続けている。

木曾馬の親子 木曾馬は6世紀頃から生産された記録があり、大きな頭と太く短い首をもち、四肢は丈夫で山道を歩くのに適した馬である。多くが農耕用に飼育されてきたが年月と共に数が減り続け、昭和58年には天然記念物に指定された。

木曾の宿場町へ

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